その22008-06-26(Thu)

mint-blue
一枚目の静物画の中間合評会があった。
どの絵も素晴らしかった。
ひとりひとり自分の絵の構図や色の使い方など
先生と質疑応答のかたちで始まった。
わたしはなにを聞いていいのかすら分からなかった。
ただ、二十六名中、一番暗いトーンの絵であることだけは分かった。
でたらめなデッサンであることも納得していた。
わたしの順番がきた。正直に、ありのまま話そう、と思った。
「じつはあの時計はロケットです。タイムマシーンです。」
と言いはじめると、
「え〜なにそれ〜!」と教室にどよめきやら哄笑が満ちた。
わたしは続けた。自分の絵をみつめたまま言い続けた。
「右手前方は未来で、左手後方は過去で林檎はわたしです。
わたし自身です。」
すると、
「いやだぁ〜、夢みてるんじゃないの」
と誰かが気味悪がった声を出した。
「わたしは壊れた時計が描きたかった。
それをみつめているわたしを描きたかった。それだけです。
さて、わたしはこれからどうしたらいいのでしょうか? 」
脇に立っていらしゃった先生の方を振り向くと、
先生は顔をくしゃくしゃにして声を殺して笑っていた。
それを見て、またみんなが笑いころげた。
本当にわたしは途方に暮れていたのだ。
これから先どう手直しすればいいのか皆目見当がつかなかったのだ。
しばらく後ろ向きになって肩を揺らしていた先生が批評してくださった。
「この絵はご覧のように構図もでたらめで、技術もありません。
色の出し方も知りません。あまりにも思い込みが激しすぎて、
ひとりよがりで、そのために現実をそのまま描ききれないでいます。
けれど、僕にはなにを描きたかったか分かりました。
これはmint-blueさんの記念すべきはじめての絵です。
まぎれもなくmint-blueさんしか描けない絵です。
これからも自由に好きなように続けてください。」
そうだろうな、それしか言いようがないだろうな、と
次の人の講評もうわの空で聴いていた。
ときどき聞こえてくる言葉に、
「どうも質量感がいまいち出せないでいます」
とか、何やらよく分からない専門用語のやりとりがあったように思える。
キャンバスにむかった時から見たままを描けない。
またもやひとりよがりだな、小説を書くときと同じだ、
困ったものだ、と思っていた。
しかし、写真のような一枚の絵なら写真の方がいいし、
ごてごて何色使いのいかにも油絵も好きじやない。
イラストのような原色使いも嫌いだ。かと言って、
自分の思うままを表現する力もない。
おまけに「次作は自画像です」と先生は続ける。
これまた恐ろしい。
静物画ですらこうだもの夢想、希望、絶望入り乱れることだろう、
と他人事のように思った。
静物画のときだって気になると、
夜中でもむっくり起き出して色を重ねていた。
いつか見た心象風景を描けるまで、あの色あいが出せるまで頑張ろう。
しかし、可能なのだろうか、風にも色があった。詩でもあったのだ。
第一こんな小さな六号という空間にどう塗り込めるのだ?
またもや遠い道程のようだ。
やはり、美術、音楽、文学などは選ばれた一握りの人々の
天命なのだ。凡人はゆめゆめ夢みるべからず、と戒めていた
はずなのに、土曜日の夜九時から翌朝の五時まで熱中させる
ものはいったい何なんだろう、と悩みぬいた。
事実自画像の段階で、得体の知れないものが夢にまであらわれた。
黒い闇のような地塗りに白または透明な女人の横顔が乱列した。
ときおり濃い紫、グリーンがその縁を彩りフラッシュの連発。
しかし実に静かな画像ではあった。
あれだけ激しい色にもかかわらず、あの索漠とした風の色は何?
すこし気がおかしくなったのだろうか、と真剣に悩んだものだった。
それでも学んだことがある。
自画像を描きはじめた一日目のことだ。
スケッチブックに反省と題して書いた。
☆ 自然に逆らわないこと。
☆ 普遍的な事柄、物事を見たまま普通のタッチ( 言葉 )で表現すること。
☆ 構図なくして何も産まれない。
☆ 現実直視すること。
自画像、やや下向きのせいか筋肉全て引力と年数の加算により
下へとたれ下がっている事実重要なり。頭デッカチだわい。
耳のかたち少々難あり。
☆ 基礎力なくして進歩はない。
☆ はやくも挫折感訪れる。
結局、途中で展覧会へ出かけたのが悪かった。
帰宅してからじっと自分の静物画を眺めていると、まわりから
「構図が出来ていない」とか「遠近法知らないの ? 」と言われても、
いったいどこがどうなのか理解できなかったことが、ふっと分かったのだ。
この線は決してあり得ない、と見えてきたのだ。夢中で修正しつづけた。
そうこうしているうちに、わたしの静物画は消滅してしまった。
色んな線や色のなかに埋もれて、もとの絵が隠れてしまった。
復元不可能なほど原型をとどめていなかった。
描き直す体力も気力もなかった。
二ヶ月かけて完成したのは人物画だけだった。
課題の自画像ではなかった。
「特別に題名をつけていい」と先生に言われる前から考えていた。
『 想 』
虚構の絵だった。
闇のなかで白い絹のブラウスを着て、てすりに寄りかかり片手で頭を支え、
遠くを見つめる女の絵だった。背後に茎を這わせた植物が潜む。
顔は二十回ほど塗り直した。
顎の線が少しでも変わると、目もとや手の位置が微妙に変化して、
そのときのわたしの精神状態がそのまま絵に現れてきたのには驚いた。
目尻の点のような線にしてもそうだ。
ある日は泣き顔になったり、微笑んだりもした。
いまは仮面をつけたように無表情なのに見る角度によって
どのようにも解釈できる。
希望なのか、絶望なのか、夢想なのか自分にもわからない
女が絵のなかにいる。これはかなり気に入っている。
遺影に使おうかな、とまで思い込んでいる。
無事に修了書をいただいて、
数日後に会館のロビーに二十六名の絵が展示される。
ひとり二作ずつだが、わたしには一枚しか残されていない。
当日まで自宅にそれぞれ持ち帰ることになったが、
先生が最後のお話として、
「完成間近になると、筆はだんだん細いものになるはずです。
まだ修正する方もいらっしゃるでしょうが、
くれぐれも没頭しすぎないでください。
何時間かけても果てがありません。
ときどき遠くから眺めたり、全体のバランスに気を配ってください。
そうしないと・・・」
と、そこまでおっしゃったとき、
わたしは思わず 消えてしまいます、と叫んでいた。
先生は、
「そうです、消えてしまいます。深入りしないようにしてください」
と苦笑いをしていた。
わたしは何度もうんうん、とひとりでうなづいていた。
< ゆうべ、やはり気になってせめて木の葉いちまい
ドライフラワーではなく生きている本物をとどめようと、
筆をとりましたが、虚構の世界に一箇所の写実をとりいれると、
残りのすべてが消滅しそうでやめました >
と、先生に言えずにいたのだ。
先生がひとりひとりに修了書をくださるとき、
「あなたには驚かされました」
と小声で言った。
質問するたびに、言葉を探しているように戸惑っていらした
先生の顔を思い出す。この落第生をどう指導したらいいのだろう、
ときっと悩んでいらしたに違いない。
わたしは、
「新しい世界を覗かせていただきました。ありがとうございました」
と深々とおじぎをした。
「額に入れて箱にしまい、さらに紐で結わえて展示当日まで
決して加筆いたしません」と付け加えた。
先生はただ、にこにことうなづいていた。
浦島太郎の玉手箱にならないよう、蓋はあけない、
と決心したものの自信はなかった。
また夜中に起き出して、ああでもない、こうでもない、
と塗りつぶしてしまうのではないかと密かに恐れている。
だからもう二度と絵は描けない、と思う。
どうしてあのエネルギーが原稿用紙にむかわないのだろう。
そろそろ小説の構図を練らないと間に合わない。
小説というより、自分の生き方の構図のほうが先のような気もする。
『 想 』の女は紛れもなく自画像だ、と思いはじめている。
了
Comment
貴方の写真面白いですよ。
あまり深く考えないで、もっとドンドン撮ったらいい。
うん。
困ったらいつでも相談においで。
少し役に立てるかもしれない。
mint-blueさん&電影門さん、こんばんは。
お二人の貴重なエピソードを興味深く拝聴いたしました。
で、今ちょっと考え中。
さっそくコメントさせていただこうとも思ったのですが、
なんともまとまりませんー。
とりあえず今言えるのは、
自分の中の漠然としたものを整理する
いい機会を貰えたかなーということです。
難産かも知れませんが・・・( ̄∇ ̄;ゞ
あのマーガレット・・・。
モノクロの一枚に心魅かれました。
独りよがりが大なので、
あ〜、言葉をのせてくださっている♪(゜ρ゜)
と受け止めておりました。
そして、やわらかい幻想的な色あいに癒されました。
ありがとうございます。
質問の仕方もよくわからないわたくしですが、
どうぞよろしくご指導をお願いいたします。
滅多にスイツチが入らないのですが、
今回はとことこんこだわりたくなりました。
それは写真という枠を離れて、想いをのせる、
かたちにする、そのようなことに
本気モードのスイッチがオンになりました(笑
きっとそれは今後の自分の生き方(大袈裟ですが・・・)
とか、
なにかに取り組むときに大きな意味があるのでは?と
だから、ここで投げ出してはいけないと想いました。
日常では決して巡り会えない方たちに、
こうして出会えるなんて、
ブログをやっていて本当に良かった♪
と感激いたしました。
ありがとうございます。
>高校の時美術部部長兼写真部兼演劇部
やっぱり、番長だったんですね?(笑)生徒会長も?
演劇部は中、高、ちよっと齧りました。
あまりにも台本がつまらないので途中で書き直したりして(笑
>「どんどん湧いてくるうちはイイが枯れてしまった時はキミの最後の時だ」
まさに今がソレ(/TДT)/
>いかにその「おもい」をのせるか? ではないでしょうか?
しかしその「おもい」を充分にのせる為の技術は必要だと思っています。
('-'*)(,_,*)('-'*)(,_,*)
「もうダメだ」と想ってもまだ二割、三割は頑張れる♪
とか、
全力投球がスタイルを作り、新しいギアを作ってくれる♪
とか、
集中することとゆるやかにの切り替えが大事だ。
オフとオン
逃げずに何でもやればおもしろさを発見することができる、
面白いものではなく、面白くするのだ♪
などど、考えたりしております。
冷静に自分の適性を知ることも大事よね〜とも。
ミルε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノo(_ _*)o ミント
ありがとうございました♪
あらら。なにかネガティブオーラーが飛びました? m(_ _ )m
そんな大袈裟なことでもないのです。
でも、こんなことをプロの画家に言われました。
「その、どうせ趣味だからはやめようよ。プロもアマも関係ないよ。
関わってきた時間も関係ない。自分がなにをしたいのか、
なにを表現したいのか、それだけだと想う。
作品というものはね、いつだって独り歩きするもんなんだよ。
説明もいらない。受け止めてくれる人が一人でもいたら・・・。
とにかくたくさん撮ること。撮ってとりまくれ。
そのなかから、これだ、という一枚がいつか出てくる。
その一枚があったら、それでいいじゃん。
その代わり、人の何倍も努力しないとね。
モノを表現するということは、分野に関係なく、しんどいことなんだよ。
そこに片足つっこんだのだから、最後までやることだね。
たださぁ〜、わたしはこんなに努力しています、なんていう姿は見せないこと。
白鳥の水面下の脚
あれだよ。それが美学というもんじゃないの?
しっかし、まだ覚醒しながらのたうちまわる癖、治らないんだね(笑
あのね、本当に覚醒していたら、のたうちまわらないんだけどな〜」
でへ。
それからね、
あのとき美術の先生がこんなことも言ってくださったの。
「あなたには本当に驚かせられました。だけど、スゴイな〜。
きっとほかの初心者さんの10年分を学んだのじゃないかな〜。
いやぁ〜、参りました。反対に勉強になり楽しかったですよ」
だから、この「自画像」はその夜、一気に書いて、
先生に「感謝状です」とお渡ししたものなんです ^-^;
ちよっと、やっぱり、わたくし、あんぽんたん姫
(* ̄m ̄)ププッ
ちょっと考えてみましたが・・・よくわかりませんでした。( ̄∇ ̄*)ゞ
どこに着陸するかわかりませんが、とりあえずまあ
せっかくだから思ったことダラダラと書いてみましょう。
あーくれぐれも話半分どころか話消費税分ぐらいで読んでくださいまし。
えーとですね、とりあえず3つ思い浮かびました。表現に至るまでの過程について。
(1) 視点(着眼点、気付き、あるいはインスピレーション)を司るなにか
(2) 発想(アイデア、ソウル、イマジネーションなど)を司るなにか
(3) 技能(スキル、テクニックなど)を司るなにか
の三つです。なにか、とぼやけているのは、それをどう呼んでいいのかわからないからです。もう少し具体的に
「何に目を向けるのか、何に気付くか(対象の有形無形は問わず)」、
「それをどう捉えて何を考えるか(あるいはどうイマジネーションを広げるか)」、
「さらにそれをどう形するか」
というふうに言い換えることも出来るかもしれません。
(また、これらは同時にその人の「らしさ」が出る三つのポイントでもあるのかな、と。)
これらを根底から支えている「動機」も抜きには語れませんが、
んなもんはそもそもの大前提だと思うので
\(^_\)今はあっちに(/_^)/置いときましょう。
ホントは「運」も大いに関与していると思いますけど、
\(^_\)これもあっちに(/_^)/置いときましょう。
もちろん、これらは便宜上の分類であって、実際には不可分でその境界線は曖昧で、互いに支えあったり、補い合ったり、混然としてその人の中にあるものだと思います。このどれか他をリードすることもあるでしょうね。(「技能」に特化した職人さんの作品にも確かな視線と魂が感じられます)
んで、意識下にせよ、無意識下にせよ、これらを融合させたところに生じるのが「表現する」ということなんじゃないでしょうか。
これまでに感銘を与えてくれたあの曲、あの絵、あの小説のどれをとっても、これらの一つでも欠いたら存在し得なかったと思いますし、したとしても、おそらくそれは別のなにかです。
だから、それはとても難しいことで、それゆえに生みの苦しみがあるのだと思います。
んで、苦しんでる人は、何か生み出そうとしている人だから、すごい。
つまり、
「アンタすげーよッ!!」(≧▽≦)
・・・という結論でどうでしょう?
ホラね?ちゃんと着陸できてないですね?
いや、結論になってないのは分かってんですけどね、
すごく非凡なものを嫉妬とともに感じてるのも確かなんですよ。(ノ ̄皿 ̄)ノ
そんなワケ(?)で、
まとめず、乱文、投げっぱなし、アディオス!!
こんなに真剣に考えてくださって・・・
ありがとうございます。(。-人-。)
(1) 視点(着眼点、気付き、あるいはインスピレーション)を司るなにか
(2) 発想(アイデア、ソウル、イマジネーションなど)を司るなにか
(3) 技能(スキル、テクニックなど)を司るなにか
この説明がとても分かりやすくて良く理解できました♪
ありがとうございます。<(_ _*)>
コメント欄での会話から、ここまで波及するとは・・・
えらいこっちゃ〜。
ただ、できねぇ〜! と駄々をこねただけだったのに、ね。
(^▽^;)
毎度お騒がせして申し訳ございません<(_ _*)>
結果よりもプロセスを楽しみたい。
あ〜でもない、こ〜でもない、とのたうちまわっているけど、
結構、それを楽しんでいるのかも知れません。
Oo。。( ̄¬ ̄*)Σ\( ̄ー ̄;)
>まとめず、乱文、投げっぱなし、アディオス!!
しっかとキャッチ♪
ムーチャス グラッシアス(*^o^)乂(^-^*)



高校の時美術部部長兼写真部兼演劇部だけど油彩は未経験の観草電影門ですこばわ。
同級生の女の子で油彩ばかり描いていたコがいたのを思い出しました。 で、自分の中から出てくるものしか描かかなかったけど将来は美術関係に進みたいと云っていたので先生から「だったら基礎基本を身につけなさい」とず〜っと云われていました。
「どんどん湧いてくるうちはイイが枯れてしまった時はキミの最後の時だ」と。
内面を表現する絵を否定しませんが、その思いを伝え易くする為に技術を獲得する事は必要だと思っています。
写真でも絵でも音楽でも「その時のおもい」を表現するのに技術は問題ではありません。
いかにその「おもい」をのせるか? ではないでしょうか?
しかしその「おもい」を充分にのせる為の技術は必要だと思っています。
とても興味深いエントリ、楽しませて頂きました&teruさんより先にコメントしちゃったゴメンなさいね。
2008-06-26 20:44 | URL | 観草電影門 [ 編集]