芥子2008-05-08(Thu)

「詩を書くために必要なものは何か」と問われたら何と答えるか。
私なら『眼』だと答える。
リルケ「転回」の一節
"眼の仕事はすでになされた、今こそ心の仕事をせよ"
リルケのいう「眼の仕事」と「心の仕事」をつなぐことが
詩の本質に迫る詩人の仕事ではなかろうか。
詩人は魂の半透明な画布に明瞭な像を投影し、
現実に対すると同じように「眼」を最大限に働かせ、視ている。
詩人と安易に書いてしまったが、詩を書くものは詩作者、
自分の眼を信じ、常に働かそうと努める人だけが詩人と呼ばれるに相応しい。
反対に、一編の詩も書かずに一生を終えたとしても詩人と呼ぶにふさわしい人がいる。
写真も同じだと想った日。
mint-blue
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あるとき
手がもはや
眼に追いつけぬことを
はたと気付いて筆を置き
それからのわたくしは
宙にものを描きはじめた
墨を用いず
筆を用いず
こころのままに
視たままに
瞬時に至れるチケットが
手にできたような心地して
道具も準備も不要になった
つい最近まで
それは放棄かと
諦めかと認めてた
だけど違った
なにもかも
すべて確りと我が裡に
いつでもどこでも牽き出せる
そんな根っこを得たのだと
はばかりもせず
宣言しよう
なにも怖くなく
なにも案ずることも無く
いつでも終わりが迎えられる
そんな心境がやってきた
だから笑う
なんなりと
やっと笑えるこころから
怖れながら
怪しみながら
もがきながら
歩き来て
やっと笑えるこころから
こころのままに
視たままに
あるとき
手がもはや
眼に追いつけぬことを
はたと気付いて筆を置き
それから20年行過ぎて
どの瞬間も無駄でなかった
どの瞬間も精一杯生きた
悔いる言葉がなにひとつ
思い出せもしないほど
なにも怖くなく
なにも案ずることも無く
いつでも終わりが迎えられる
そんな心境がやってきた
さてさてこの先どうなろう
なおさらに
過ぎるほどに
大股歩き、早歩き
懸命に汗をかき
がむしゃらに歩む
一生修行
愉快千万
呵呵大笑
呵呵大笑
2008-05-11 19:18 | URL | 永遠(とわ) [ 編集]